帰宅難民
ずっとテレビ見ているが、津波が流れ込む映像や、何もなくなってる街の映像とか何度も繰り返し見ると、なんかもう泣きそうだ。
これは昨日帰宅途中に見掛けた、自衛隊のトラック。
公道で間近に見たのは初めてだ。
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11日の私の状況を書いておこう。
昨日は職場で地震に遭遇。
机の下に隠れろという指示はあったが、揺れは長かったものの、そんなに酷い印象はなく脳天気に構えていたが、台の上の電卓がスパーンと飛んできて、びっくりして慌てて机の下に潜った。
早く帰宅しなさいっていう指示でやむを得ず18時頃に職場を出た。
とりあえず駅に向かうことにした。電車は止まっているとは聞いてはいたが、しばらく待てば動くんじゃないかと思ったことと、情報が欲しかったからだ。
その間にTwitterで、JR東日本は首都圏のすべての列車の運転をきょういっぱい取りやめの情報。それに加えて、政府広報でも、無理に帰宅せず職場で待機するよう言っているらしい。
もっと早く言ってくれてれば、カイシャに残れたのに!
近くのホテルなどを検索したが、どこも既に満室。
どうしょうもなくて、歩いて帰宅することを覚悟した。距離は約23~24キロ。6時間くらいか。既に20時になっていたので、到着予定は午前2時頃になる。
国道に出ると、もうそこは歩く人たちで大名行列状態。
知らない人たちとぞろぞろ歩く。
2時間くらい歩いたろうか、Twitterで今度は、帰れない人たちのために小中学校の校舎を開放しているという情報。
もっとはやくやってくれれば、やってくれるのわかってれば、動かずに留まったのに!!
いまさら、2時間歩いて都区内に戻る気はない。
22時頃「かっぱ寿司」で休憩(沿道の店はどこも既に閉店しており、ここしか開いてなかった)。
たぶん火が使えないのであろう、揚げ物と茶碗蒸しはできないという。そして閉店間際にかなりの混雑。少ない従業員数で大変そうだった。
高速が閉鎖されているせいだとは思うが、国道はなぜか上り線だけが大渋滞していた。
歩道は下り方向に歩く人たちでいっぱい。
その後も延々歩いて、結局3時前になんとか帰宅。脚は関節痛と筋肉痛でバッキバキ。むくみも酷い。
しかし、帰り着いて部屋の中を見たら、そんなことどうでもよくなった。
部屋の中がグッシャグシャ。特に台所が陶器とガラスの破片だらけでびびった。
テレビが手前に倒れて液晶が割れているんじゃないかと心配していたが、それは大丈夫だった。
しかし、テレビをつけて、映った東北地方の映像にまたびびった。
部屋を少し片付けて、もう寝なきゃと思っていたが、緊急地震警報が頻繁に鳴って、実際揺れるので、なかなか寝られない感じだった。
今日の夕方、ふと思いついて、スーツのポケットから万歩計を取り出してみた。11日の歩数29481歩。日が変わって14461歩。帰宅だけで4万歩くらい歩いてる…。
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